表にも大勢の人が立って店をのぞいていた。その混雑をかき分けて店へはいると、女房のお留は町内の自身番へ呼び出されたままで、まだ帰されて来なかった。きのうの葬式で近所の人とも顔なじみになっているので、半七はそこらにいる人達から徳蔵の死について何か手がかりを聞き出そうとしたが、どの人もただ呆気にとられているばかりで、何がなにやらよく判らなかった。 一番先にこの騒動を聞きつけたのは、隣りの小さい足袋屋の亭主であった。魚屋の家でなにかどたばたするのを不思議に思って、寝衣のままで表へ飛び出して、となりの店の戸をひらくと、内では「泥坊、泥坊」という女房の叫び声がきこえたので、亭主はおどろいて、これも表で「泥坊、どろぼう」と呶鳴った。この騒ぎで近所の者もおいおい駈け付けたが、賊は徳蔵を殺して裏口から逃げてしまったのである。徳蔵は他人から恨みをうけるような男でないから、これはおそらく香奠めあての物取りで、徳蔵が手向いをした為にこんな大事になったのであろうと、足袋屋の亭主は云った。ほかの人たちの意見も大抵それに一致していた。
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