してみると、川越藩の領分内の百姓に相違あるまいというので、早速にその屋敷へ通知して、次郎兵衛を引き取らせる事になりました。昔はどうだったか知りませんが、幕末になっては相手が乱心者と判っていれば、余りむずかしい詮議もありませんでした。川越の屋敷でも迷惑に思ったでしょうが、武州川越と笠に書いてあるのが証拠で、自分の領内の者を引き取らないと云うわけには行きません。殊にそれが御城内を騒がしたのですから、恐縮して連れ帰ることになりました。
そこで、第二の問題は、その次郎兵衛がどうして御玄関先きまで安々と通りぬけて来たかということで、途中の番人も当然その責任を免かれない筈です。そうなると、ここに大勢の怪我人ができる。それも宜しくないと云うので、かの次郎兵衛は天から落ちて来たという事になりました。いや、笑っちゃあいけない。昔の人はなかなか巧いことを考えたものです。つまり彼《か》の次郎兵衛は天狗に攫《さら》われて、川越から江戸まで宙を飛んで来て、お城のなかへ落とされたと云うわけです。こうなれば、誰にも落ち度は無い。天狗を相手に詮議も出来ないから、所詮はうやむやに済んでしまいました。
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