――あら竹越さんなの。
逸作と玄関で話して居たのは、かの女の処へ原稿の用で来た「文明社」の記者であった。
――はあ、こんなに早く上って済みませんでしたけれど……。その代りめったにお目にかかれない御主人にお目にかかれまして……。
竹越氏が正直に下げる頭が大げさでもわざとらしくはなかった。逸作は好感から微笑してかの女と竹越との問答の済むのを待って、ゆっくり玄関口に立って居た。
竹越氏が帰って行った。二人は門を出て竹越氏の行った表通りとは反対の裏通りの方へ足を向けた。
――今の記者何処のだい。
――あら、知らないの、だって親し相に話して居なすったじゃないの。
――だって向うから親しそうに話すからさ。
――雑誌が大変よくってなんて仰って居たじゃないの。
――だって、記者への挨拶ならそれよりほか無いだろう。
――何処の雑誌か知らなくっても?
――そうさ、何処の雑誌だっておんなじだもの。
――あれだ、パパにゃかないませんよ。
かの女は自分のことと較べて考えた。かの女はいつか或る劇場の廊下で或る男に挨拶された。誰だか判らなかったが、彼女は反射的に頭を下げた。だが、知らない人に頭をさげたことが気になった。そしてやっぱり反射的にその男のあとを追った。広い劇場の廊下の半町程もその男のあとを追って
――あなたは、何誰でしたか。
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