それから再び店へ行ってみると、和吉の姿はここに見えなかった。帳場の番頭を相手にしばらく世間話をしていたが、和吉はやはり出て来なかった。 「時に和吉さんという番頭はさっきから見えませんね」と、半七は空とぼけて訊いた。 「さあ、どこへ行きましたかしら」と、大番頭も首をかしげていた。「使に出たはずもないんですが……。なんぞ御用ですか」 「いえ、なに。だが、外へでも出た様子だかどうだか、ちょいと見て来てくれませんか」 小僧は奥へはいったが、やがて又出て来て、和吉は奥にも台所にも見えないと云った。 「それから大和屋の旦那はまだおいでですか」と、半七はまた訊いた。 「へえ。大和屋の旦那はまだ奥にお話をしていらっしゃいますようで……」 「わたしがちょっとお目にかかりたいと、そう云ってくれませんか」 襖を閉め切った奥の居間には、主人夫婦と十右衛門とが長火鉢を取り巻いて、昼でも薄暗い空気のなかに何かひそひそ相談をしていた。おかみさんは四十前後の人品の好い女で、眉のあとの薄いひたいを陰らせていた。半七はその席へ案内された。
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